菊水のブログ

太平洋戦争などに興味がない人や知識がない人に、少しでも先人の思いを伝えるために開設しました。どちらかと言うと詳しい人向けではないのですが、還らざる先人の軌跡をご紹介できれば幸いです。

(15) 日本戦跡探訪豊川海軍工廠慰霊碑

守る翼は空になく 豊川海軍工廠 豊川海軍工廠は愛知県豊川市にかつて存在した日本海軍の軍需工場である。 主に生産していたのは航空機用の機銃と地対空用の高射機銃、各種弾薬だった。 この海軍工廠は1938年に用地選定を行い、鈴鹿とともに豊川市が候補地と…

航空戦史(1) 九州沖航空戦

沖縄戦の前哨戦 九州沖航空戦 1945年3月18日〜21日まで続いた航空戦である。 一連の航空戦により、迎撃戦を担任した日本海軍は作戦機を258機以上失った。なかでも第五航空艦隊に打撃を受けたほか呉空襲のため日本海軍艦艇多数に損害を受けた。 米海軍は空母…

日本情景探訪(2) 駿府城跡

学徒出陣の足音を聞いて やすらぎの塔 最近になって再調査が完了した駿府城であるが、その一角にそれは存在する。 やすらぎの塔と命名されたこの塔は、戦没した勤労動員の学生の御霊が安らかであるように祈り、後世に歴史を伝えるべく建立された。 この塔は2…

(14) 日本戦跡探訪 鈴鹿海軍航空隊

軍都鈴鹿に爆音を響かせて 鈴鹿海軍航空隊 鈴鹿海軍航空隊(以下鈴空)は1938年に偵察機搭乗員(偵察・通信)専修の練習航空隊として開隊された。 同様の練習航空隊は静岡県は牧之原に在空しており、鈴空では約2万名を各航空隊に送り出しました。 最盛期では約3,…

(13)日本戦跡探訪 大井海軍航空隊跡

白菊に想いを乗せて 大井海軍航空隊 大井海軍航空隊(以下大井空)は1942年4月1日、静岡県榛原郡川崎町は大井飛行場にて開隊。大井飛行場は牧之原台地の茶畑を接収し後に増設された。 大井空は同年11月に土浦海軍航空隊を卒業した学生の受け入れを開始し、1944…

(11) 日本戦跡探訪 明治航空基地

東海の護りは南の空に散った 明治航空基地 明治海軍航空基地は1943年より建設を開始し、1944年より第三四五海軍航空隊(以下三四五空)明治派遣隊が実用機(紫電)による訓練を開始した。戦局の悪化に伴い中京圏防空を任務とした。 その後三四五空に続き第ニ一0…

菊水の写真館

菊水が作成した写真を加工した写真です。 こうした写真はブログの表紙に使用しています。 誰かがこれに乗って出撃すると思って作成してはいるけど、出来栄えはイマイチ。 菊水の写真館 零式戦闘機 52型 零式戦闘機 52型(奥に二式水戦) 零式戦闘機とその他多…

(10) 日本戦跡探訪 若桜の碑

国難に立ち向かう若鷲よ集え 岡崎海軍航空隊 岡崎海軍航空隊(以下岡崎空)は1944年2月に第一河和海軍航空隊(以下河和空)の岡崎分遣隊発足にルーツを持ちます。 河和空は第一河和海軍航空隊と第二河和海軍航空隊に分かれており、第一河和空が整備兵の育成を担…

(9) 日本戦跡探訪 伊保原飛行場跡

草薙隊沖縄に向け出撃す 名古屋海軍航空隊と草薙隊 名古屋海軍航空隊(以下名古屋空)は1941年に伊保原飛行場に進出した霞ヶ浦海軍航空隊分遣隊が、1942年に正式に独立し開隊された。 名古屋空の任務は実戦機を配備したような部隊ではなく、練習航空隊として陸…

菊水のブログ 自己紹介と目的

今更ながら、、、 自己紹介 菊水は平成8年生まれで現在は社会人として働いています。学生時代は関西に住んでいましたが、どのようなご縁か愛知県でお勤めをする事となりました。 戦跡を巡るようになったきっかけ もともとは外交安全保障に興味があり、太平洋戦…

(8) 日本戦跡探訪 三重海軍航空隊跡

予科練達が青春を捧げた地 海軍飛行予科練習生 真珠湾攻撃を皮切りに航空戦時代の幕開けを示した日本であったが、時代の最先端機材たる航空機を取り扱うには優秀な人材と適切な訓練を必要とした。 そんな日本海軍の搭乗員需要を支えたのが海軍飛行予科練習生…

新たなる矛 艦上攻撃機 天山

中島 艦上攻撃機 天山 期待の新鋭機 艦上攻撃機 天山(以下天山)は九七式艦上攻撃機(以下九七艦攻)の後継機として期待を持って送り出されました。時期は1943年7月のことでした。 実は天山試作機の初飛行は1941年3月でしたが、中島飛行機が選定した護エンジン…

(7) 日本戦跡探訪 鶉野飛行場跡

沖縄の海に散った白鷲たち 兵庫県 加西市 鶉野飛行場 鶉野飛行場の始まりは川西航空機姫路製作所組立工場の専用飛行場として産声を上げました。 戦争中期以降は海軍の姫路海軍航空隊(以下姫路空)、筑波海軍航空隊(以下筑波空)が進出し、攻撃機搭乗員の錬成や…

頭上の護り 九七式戦闘機

九七式戦闘機 近代陸軍戦闘機のご先祖さま 幕末よりようやく産業革命に足を踏み入れた日本ですが、航空機開発にはかなりの遅れがありました。 そんななか中島飛行機が世に送り出したのが九七式戦闘機(以下九七戦)で、ようやく列強に追いついたのでありました…

北の護り 二式水上戦闘機

二式水上戦闘機 二式水上戦闘機といえばR方面航空隊など南方戦線で活躍したイメージがあるのではないだろうか?。 二式水上戦闘機は島国である日本が飛行場を整備できない場所や、飛行場を整備するまでの仮設防空戦闘機のような物だと理解してくれれば良い。…

日本歴史探訪② 和歌山県 串本町

いざ行かん、潮岬 仕事中に翌日の休みにドライブがしたいと思い立ち、広げた日本地図に「潮岬」と言う文字を見つけた、、、。 帰宅するや車中泊の準備をして出撃。 あっさりと眠気に負けて紀北PAで眠りにつく。 ① 橋杭岩 第一目的地は橋杭岩(道の駅)を目指し…

日本情景探訪(1) 琵琶湖

滋賀県 琵琶湖take1 日本で最大の湖である琵琶湖で過去に撮った写真をここに載せてオススメがあればご紹介する。 ① 港町 鎮魂の碑 まず紹介するのは長浜市内に琵琶湖を望む高台に鎮座する、滋賀県内戦没者慰霊のための碑である。 遅い季節であったのに鮮やか…

日本歴史訪歩① 風土伝承館杉浦医院

何百年と続く風土病に向き合った人達 かつて日本には山梨県甲府盆地を中心に原因不明の病が存在した。 写真は山梨県甲府市の様子。盆地が一眼でわかる。 この病は日本住血吸虫という寄生虫に起因する病気で、古くは戦国時代から甲府の民を苦しめていた。この…

台南の護り 零式戦闘機32型

零式艦上戦闘機 32型 (左 22型 右 32型) 不人気な零戦 日本人に一番認知されているであろう零式艦上戦闘機(以下零戦)であるが、11型に始まり54型までの型式があることはあまり知られていない。 なかでも零戦32型は失敗作と言われる事が多く生産数もごく少数…

(6) 日本戦跡探訪 陸軍 三式戦闘機飛燕

彼は訪れる人に歴史を語る 各務原航空宇宙博物館と言えば知っている人も多いだろう。 ここは太平洋戦争前に陸軍が飛行場として開設したのがルーツとなる。 以来、各務原の地は陸軍の航空機開発拠点として重要な役割を果たした。 そんな場所も現在では新旧の…

(5) 日本戦跡探訪 第五教育飛行隊跡

育った場所より最期の出撃に向かう 陸軍太刀洗飛行場跡 写真は筑前町立大刀洗平和記念館の写真です。ここには陸軍太刀洗飛行場があり、教育飛行隊から数多くの航空兵が輩出されました。 ちなみに知覧基地は太刀洗にある教育隊が拡張されるにあたり開設されま…

(4) 日本戦跡探訪 第二河和海軍航空隊跡

波間に浮かぶ海鷲 河和海軍航空隊 河和海軍航空隊(以下河和空)は1943年と1944年、系統の異なる部隊として開隊されました。 1943年に開隊された第一河和海軍航空隊(以下第一河和空)は、機体の整備教育を行うための練習航空隊でした。第一河和空は整備教育を行…

(3) 日本戦跡探訪 串良海軍航空基地

特攻機の最期の声を聞け 串良海軍航空隊 串良海軍航空隊(以下串良空)は1943年に、機体整備員の練習航空隊としてその歴史を刻み始めました。 開隊後は逼迫する整備員需要に応える反面、予科練教育機関に指定され、予科練教育を開始します。 合計で約5000名を…

(2) 日本戦跡探訪 薩摩菓子 富久屋

特攻機は上空を旋回して南の空に消えた 海軍タルト 海軍タルトというお菓子をご存知の方はあまりいないかもしれません。 この海軍タルトとは、薩摩菓子 富久屋で現在(2020年)販売されているものです。 一見するとありがちなお菓子に見える海軍タルトですが歴…

(1) 日本戦跡探訪 鹿屋海軍航空基地

九州最大の特攻隊出撃拠点 海軍の町 鹿屋市 鹿屋といえば現在でも海上自衛隊の鹿屋基地がある。鹿屋市はどちらかと言うと都会ではないが、自衛隊指定の散髪屋があるあたり現代でも海軍の町と言っても差し支えないと思います。 鹿屋海軍航空隊(第七五一海軍航…

「菊水」の由来。

「菊水」 筆者の名前に頂いている「菊水」。菊水とは楠木正成の旗印の名称です。沖縄における航空総攻撃「菊水作成」もこれに由来している。 楠木正成 楠木正成とは鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した人物で、後醍醐天皇による鎌倉幕府打倒に貢献した人…